東洋医学入門講座

第二章
循環とリズム





          [ はじめに ]

            ◇ 「病」について考えるためには、健康な状態つまり生命の営みの本来
              あるべき姿に照らし合わせて異常な状態を判断することが必要です。
             
            ◇ つきつめれば「生命とは何か」という問いにまで波及していきそうです。
              
            ◇ ここでは堅苦しく構えず、皆さんそれぞれが自由な発想から生命に
              ついて考え、自分の”命”を見つめ直すきっかけになれば幸いです。

            ◇ そのため私個人の生命観をたたき台として紹介いたします。
             
          
[1] 生命の本質

            
○ 「うごき」

              ・ 改まって考えると、一言では言い表せないのが「生命」です。

              ・ 日常当然のこととして使っている言葉ですが、別の言い方で表現する
               のは難しいですね。

              ・ 学問的には「自己組織化するシステム」とか「代謝」や「生殖」、「細胞」
               等々の言葉で説明するようですが、
私達の直感には訴えてきません。

              ・ 自分自身を1つの生命として捉え、健康や病について考えるために
               私が今”実感”していることは「うごき」という要素です。

              

            ○循環とリズム

    
          ・ 「うごき」とは単に運動や移動の意味ではなく、例えば食物が吸収
               されて排泄されるまでの過程、成長していく過程、養分を分解して
               エネルギーを生み出す過程等々を含んだ大きな概念を表しています。

              ・ 筋肉や骨格というマクロなレベルから細胞や分子のミクロなレベル
               まで、生命は絶えず「うごいて」います。

              ・ 生命の本質とはこの「うごき」が「循環」と「リズム」を形成していると
               いうことだと考えています。


       
   [2] 「うごき」の方向

            ○ 内なる循環

         
     ・ 生命の営みを「うごき」として捉えるときの第1の要点は「うごき」の
               方向です。

              ・ 身体の内部の「うごき」を見てみると、例えば血液の流れであるとか、
               リンパの流れであるとか、多くは循環した「うごき」であることが分かり
               ます。

              ・ 私達が直感的に「生きている」と感じる「うごき」はどういうものでしょうか?

              ・ 例えば、リンゴの実が木から地面に落ちる、マッチを擦ると燃え上が
               る、コーヒーにミルクを入れると全体に広がる・・・これらの現象は一方
               通行の変化です。基本的には生命の営みもこれらの現象が複雑に
               組み合わさって成り立っているのですが、そこには何か隔たりがある
               ように感じます。

              ・ 単にAからBへ一方向に「うごく」だけでなく、全体として循環するような
               「うごき」、Aから出発しB,C・・・Zを経由してまたAに戻るような「うごき」
               が形成されているとき、私達はそこに生命の息吹を感じ取るのではない
               でしょうか。

              ・ 少し難しい例ですが、「クレブス回路」というものを生物の時間に聞いた
               ことがあると思います。「クエン酸回路」または「TCAサイクル」とも呼ば
               れます。
               これは細胞内のミトコンドリアという部分で酸素と養分を段階的に反応
               させてエネルギーを作り出す、いわゆる酸素呼吸のメカニズムのことです。

              ・ このメカニズムを明らかにしたのがクレブス博士で、彼はこの仕事で
               ノーベル賞を受賞しました。クレブス博士の最大の攻積はこのメカニズム
               が循環する構造であることを発見したことです。

              ・ 簡単に説明すると、次のような仕組みになっています。
               最初養分のグリコーゲンやブドウ糖からピルビン酸が作られ、これが
               原料として使われます。ピルビン酸がまずオキザル酢酸という物質と
               反応してクエン酸ができるところからクレブス回路はスタートします。
               この後クエン酸は順に反応して形を変えていくのですが、その過程で
               エネルギーを放出します。生物はこのエネルギーを利用して生きてい
               るのです。            

              ・ そしてここがポイントなのですが、クエン酸は最終的になんとオキザル
               酢酸に変化します。つまりこの最終生成物のオキザル酢酸が新たな
               出発物質であるピルビン酸と反応してクエン酸を作り出し、またクレブス
               回路を回っていくのです。

                             <クレブス回路>
                  「養分」→→「ピルビン酸」→→「クエン酸」 ⇒エネルギー
                            ↑         ↓
                            ↑←←← 「オキザル酢酸」

              ・ 美しいほど見事な循環です。呼吸という基本的なシステムに分子レベル
               で生命の本質が現されていると思います。同じような分子レベルで循環
               するシステムは身体の内に様々のものが存在していることが知られて
               います

              ・ 分子の循環から血液の循環まで、生命の営みは単純な一方向の流れ
               だけでなく全体として無数の循環構造が組み合わさったうごきを形成
               していると捉えることができると思います。

            ○ 外界の循環

              ・ 一方、今度は身体の外のうごきについて見てみます。

              ・ 自然界における食物連鎖については皆さんよくご承知でしょう。
               食べる生物種が次の生物種の食料となり、生命の営みが生態系を
               循環しています。

              ・ また人体の約7割は水です。この水はどこから来て、どこへ行くので
               しょう。
               この水もやはり自然界の大循環に従って生体内に取り入れられ、排出
               されているのです。養分の構成原子である炭素も、呼吸によって炭酸
               ガスとして空気中に放出され、それが光合成によって植物に取りこまれ、
               そして巡り巡ってまた私達の養分となるのです。

              ・ 生命は川の流れに浸された「ざる」に例えられます。
               川の水が「ざる」の中にも流れ、常に入れ換わっています。
               生命の外見は「ざる」に過ぎず、その中身は常に置き換わって変化して
               います。

              ・ 私達がこの世に生まれ出たときの身体の骨も肉も神経も、全身全ての
               構成分子が今の身体には残っていません。すっかり別な分子に置き換
               わっているのです。
               今こうして生きている間にも次々と置き換わってうごいているのです。

              ・ このようにして考えてみると1つの生命は生態系として大きな循環を
               形成し、また物質としても自然界の循環に従っていることになります。

              ・ 視野を大きく広げ、自分の命がこの大きな循環に同化して悠々と営ま
               れていると感じるとき、なんだか肩の力が抜けてゆったりと息ができる
               ようになりませんか。

            ○ 時を巡る循環

      
        ・ これまでは主に空間的なうごきについて考えてきました。

              ・ 生命の本質を捉えるためには、世代交代についても考えなければなり
               ません。

              ・ 1つの生命が終わり、新たな生命へと引き継がれることは時間的な
               うごきの循環であると考えることが出来るでしょう。

              ・ 言い換えれば生と死の繰り返しの全てを含めて「生命のうごきの循環」
               であるということになります。

              ・ つまり死をも生命の営みの一環として、最初から組み込まれているの
               だと思います。

              ・ これは「輪廻」といわれる魂の転生のようなことを言っているのではなく、
               大きな生命の営みとして循環するうごきが現れているということです。
               (「生まれ変わり」という意味ではないので誤解のないよう念のため)

              ・ 死は自分自身や身近な者についての現実としては、不条理な事柄に
               思えます。延命治療や不老不死の秘薬に望みをかけたくもなります。

              ・ 無数の命がこれまで無数の循環を繰り返してきたのであって、これから
               もまた無限に繰り返していくことによって大きな生命のうごきが形作ら
               れるのだと、納得できるようになりたいと私は思います。

          [3] 「うごき」のリズム


            ○ 生命のリズム

              ・ 生命の営みをうごきとして捉えるときの第2の要点はうごきのリズム
               です。

              ・ 生命のうごきの特徴が循環という方向性にあると述べてきました。
               今度は「1つ1つの生命を特徴付けるのが、その循環のリズムである」
               ということをお話します。

              ・ 心臓の拍動を例に取れば、心拍数がリズムです。

               例えば呼吸の繰り返しの速度がここで言うリズムです。

              ・ 循環する「うごき」は波の形で表されます。
               循環のリズムを言い換えれば波の周波数ということになります。
               例えば脳波の周波数も循環のリズムです。

              ・ マクロなレベルからミクロなレベルまで生体内では種々の循環が存在
               してます。
               それら1つ1つに特有のリズムが存在するはずです。

              ・ 循環の内容は化学反応や機械的運動や電気的変化など様々に質
               の異なったものですが、それらが循環するうごきであるならば全て
               リズムを持っているはずです。

              ・ ここではそれら生命の営みを構成している循環するうごきについて
               リズムという言葉で共通して捉えていきます。


            ○ 個のリズム

          
    ・ 生命のリズムの例として最初に心臓の拍動を挙げましたが、もう少
               し詳しく見てみると心臓は機械のポンプのように単純に一定のスピード
               で動いているのではありません。
 
              ・ 1回の拍動についても心房や心室の複雑な動きが連動して起こって
               いるし、精神状態や運動、周囲からの刺激などに応じて刻々と変化
               してます。

              ・ そのリズムには1人1人微妙に異なる個性が反映されていると考え
               られるのではないでしょうか。

              ・ 例えば人の声も音の波形を精密に分析すると声紋と呼ばれるように
               個人を特定できる個性を持っています。

              ・ 1人の身体の内にある沢山の循環のリズムがそれぞれに個性的な
               特徴を持ち、さらにそれらが互いに影響し合って全体として1人の
               生命のリズムを形作っているとすると、その生命のリズムは世界で
               唯一、古今東西ただ1つの個性を表現しているはずです。

              ・ 身体の部分部分が互いに協調し、全体として1つの整合性のある生命
               活動を営むことができているということは、ミクロの分子レベルのリズム
               からマクロの肉体レベルのリズムまでがオーケストラのようにハーモニー
               を奏でているからです。

              ・ そのハーモニーは1人1人千差万別で、また状況に応じて刻々と変化
               するものでしょう。
             
              ・ 細胞や分子レベルまで全てがその人の個性に合ったリズムでうごき、
               全体として調和していることだと考えています。

            ○ 宇宙のリズム

            
  ・ 前に「外界の循環」について説明したように生命は自然界の大循環と
               共にうごきながら、一体となって生命の営みを継続しています。

              ・ 大きく捉えると自然界全体、つまり宇宙にも全ての循環の総体としての
               リズムが存在していると考えられるのではないでしょうか。
               身近な例としては一日のサイクル、潮の満ち引きや季節の移り変わり
               なども広い意味で宇宙のリズムと言うことができるでしょう。

              ・ 1つ1つの生命のリズムが宇宙総体のリズムを形成し、また同時に1つ
               1つの生命のリズムは宇宙のリズムから影響を受けているという構造
               になっていると思います。

              ・ 「音さ」の共鳴実験を覚えているでしょう。
               2つの同形の「音さ」をそれぞれ共鳴箱に乗せて向かい合わせて置き、
               片方を叩いて鳴らすとしばらくしてもう1つの「音さ」も自然に鳴り出します。

              ・ 1つ1つの生命の内でもこのように沢山のリズムが共鳴しています。
               そしてそのリズムのハーモニーがさらに別の生命とも共鳴し、さらには
               宇宙全体とも響き合って大きな共鳴の輪を作り出しているのです。

              ・ 1個の生命が健全な状態を保つためには、内部のリズムが調和している
               と同時に、宇宙のリズムとも調和し、互いに共鳴していることが必要で
               あると考えています。

          [4] 「病」について


            ○ 生命の営みと病

              ・ 以上が「生命の本質は循環とリズムである」という個人的な生命観で
               あります。

              ・ これは東洋医学の説に則ったものではなく、一般的なものでもありません。

              ・ 東洋医学では「気」、「陰陽」などの概念を基に、生命と自然界を関連
               付けて考察しています。しかし「気」や「陰陽」の解釈は現代人にとって
               難解であり、いきなり「気」や「陰陽」からスタートするのはハードルが高
               過ぎると思います。

              ・ ここで紹介した「循環とリズム」という考え方は私なりに東洋医学の
               エッセンスを吸収し、一治療者の実感として納得できる形に再構築した
               ものです。独断的ではありますが東洋医学の実践のための1つの
               方法論として役に立てば意味があると考えています。

              ・ 東洋医学は1人の人間のスケールをはるかに超えて幅広く、奥の深い
               ものです。きっと私のこの個人的な考えもその大きな懐に包み込んで
               もらえるはず、と自分では納得しています。

              ・ それでは「生命の本質は循環とリズムである」とすると病をどう理解でき
               るのでしょうか。

              ・ もうすでにお話したように、生命の営みが健全に行われている状態とは
               以下のようにまとめられます。
                @ 身体の各部分及び全体の「うごき」がスムーズに循環している。
                A 体内の循環と自然界の循環が相反することなく「うごいて」いる。

                B 体内の循環がそれぞれ固有のリズムを保ち、全体として協調している。
                C 個人のリズムが他者のリズムと共鳴し、宇宙のリズムとも調和している。

              ・ 病とは一言で言えば上記の4つの条件が満たされていない状態という
               ことになります。
                @ 「うごき」が循環せず滞っている。あるいは「うごき」の量が不足している。
                A 生活している環境の循環が生命の営みの循環と一致していない。

                B 循環のリズムが本来のリズムから外れている。全体として協調していない。
                C 周囲の人のリズムと共鳴できない。宇宙のリズムに調和していない。


              ・ 「循環とリズム」の視点から第四章で病と健康について改めて考えたいと
               思います。

            ○ 循環の”実像”

              ・ 「病は循環とリズムに問題がある」とお話してきました。
               これまであまり明確にはしていませんでしたが、ここまでお話してくると
               皆さんからさらに突っ込んだ質問をされそうです。

              ・ 循環の実像をもっと明確にイメージできないでしょうか。
               つまり”何が”循環しているのでしょうか、また”なぜ”リズムがあるのでしょうか。

              ・ この問いにお答えするのは至難の技です。
               私自身もっとも悩んだ問題でもあります。

              ・ この問いに答えるため、ついに「気」と「陰陽」について考えなければなりません。
               次の章で説明したいと思います




                                                                





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