東洋医学入門講座

第三章
気一元論





          [ はじめに ]

            ◇ 「循環」と「リズム」が生命の営みの特徴であるとお話しました。
              それでは何が循環していて、なぜリズムがあるのでしょう。
             
            ◇ 私の結論は 『生命活動を担って循環を形成しているものこそが気で
              あり、それが陰陽の法則に基づいてリズムを生み出している』 という
              ことです。
              
            ◇ 「気」や「陰陽」という現代人にとっては神秘的な響きさえ感じる言葉です
              が、これらが東洋医学のエッセンスであると断言しても過言ではない
              でしょう。

            ◇ とても私の力で解説し尽くせるものではありませんが、視点を変えた発想
              で神秘のベールの端っこだけでもちょっと剥がしてみたいと思います。
             
          
[1] 気について


            
○ 東洋医学と気

              ・ 気という言葉は大変幅広い概念を含んでいます。
               天地自然の場にも気(広義の気)は存在しており、1人の人間の体内
               において生命活動を担っているのもまた気(狭義の気)であります。

              ・ 東洋医学では狭義の気を問題にしており、以下狭義の気について考えて
               いきます。

              ・ 東洋医学の定義は 『気とは人体を構成すると同時にその生命活動を
               維持する基本物質である』 としています。

              ・ さらに気はその来源、担う機能や分布する部位などによって数種類に
               分類されます。
               東洋医学では人体の生理、病理、診察、治療についてこれらの気の
               概念を用いて説明し、具体的方法論を展開しているのです。

              ・ しかしこの気の定義の奥深い意味を理解するのは大変なことです。
               専門家は別として一般の方にとって大事なことは、漠然とでもその人に
               とって親しみやすい気のイメージを持ってもらうことだと思います。
               
              ・ また一治療家として私自身も専門的な理論の上に自分なりのイメージ
               を持つことが大切であると思っています。

              ・ ここでは「気とはどんなものなのだろう?」という素朴な疑問に答える
               ための1つのイメージについてお話したいと思います。

              ・ もし興味があって気について詳しく勉強したいという方は「気の思想」
               (東大出版会)などを読まれることをお薦めします。

            ○ 気のイメージ

              ・ 私は気について 『物質と情報が一体となって作用する働き』 という
               イメージを抱いています。

              ・ ここで言う物質とは、水や養分や各種の化学物質、さらには血球等、
               体内を「うごいて」いる全てのものを指します。

              ・ これは私の知識や経験の全てをベースとして、時間をかけて醸成した
               個人的な産物ですから学術的な通念とは別個のものです。

              ・ ここであえてこのような個人的なイメージを紹介するのは、皆さんに気
               に対する先入観(神秘的、前近代的、非科学的 等々)を取り払って
               「当然のこと」として認識してもらうための一助となればという思いから
               です。


            ○ 「物質」と「情報」

              ・ 物質と情報は本来一体のものであって、必要に応じどちらの面に重点
               を置いて見ているかの違いであると言うことができます。

              ・ 例えば音楽CDはプラスチックのシートに信号が刻まれているものです
               が、私達はプラスチックが欲しいのではなく、それに含まれている情報
               (音楽)をお金を出して買っているのですね。また生命の設計図と呼ば
               れるDNAも基本的にはただの化学物質です。しかしそれが規則的に
               配列し、その順序が特定の情報(アミノ酸)を持っているために注目され
               るのです。

              ・ 生体の中ではこのような情報の担い手となる物質が数多く存在します。
               例えばホルモンはからだの特定の器官に作用してその働きを促進したり、
               抑制したりします。ホルモンは指示を伝える伝令のような役割を果たす
               のです。さらにそのホルモンの分泌を制御する働きをするホルモンも存在
               し、それらが相互に影響し合って身体の機能を微妙に調整しています。
               ホルモンはタンパク質やステロイドという物質であると同時にそれ自身が
               生命活動に作用する情報の塊であると言うことができます。

              ・ その他分子や細胞レベルから組織、器官に至るまで、実に多くの物質が
               複雑に影響し合い情報を制御して全体として1個の生体を維持している
               わけです。


           
   ・ このように生体の中では物質と情報が一体となって作用しているケースが
               
数多くあります。良く考えてみると身体の全ての部分がこのような働きを
               していると言うこともできます。


              ・ 例えば体内の脂肪はエネルギーを生み出す燃料としての物質的な役割
               が主ですが脂肪を蓄えている細胞は糖分の吸収を促進するインシュリン
               というホルモンの効果を減少させる作用もします。脂肪は物質的な役割
               だけでなく、糖分の吸収に影響する情報としての役割も持っているのです。

              ・ つまり時と場合によって物質的側面が主であったり、情報的側面が主で
               あったりしますが、この両面を兼ね備えているのが生命を構成している
               ものの特徴である
と考えられます。

              ・ ここではっきりしておかなければならないのは、私はホルモンだとかDNA
               だとかそれらの個々の物質が「気」と同じ意味であると言っているのでは
               ありません。

              ・ 気はそれら全てを含んでいます。生命活動を維持する働きが気であり、
               気を成り立たせているのが物質と情報の協同作用であるという考えです。

              ・ 気を現代科学的に特定の物質やエネルギーの一種のように表現するのは
               誤解を招くと思います。気はそのように限定されるものではありません。

              ・ 私が「気が循環する」と言う場合、単に物質や
エネルギーが移動するという
               のではなく、物質と情報の協同作用によってもたらされる働きが伝搬していく
               というイメージを表現しています。

              ・ 例えが難しいですが、1つのイメージとして ドミノ倒し の場合、1コ1コのドミノ
               の動きはわずかでも、全体として倒れるという「働き」が伝わっていきます。
               神経の伝達なども大まかに言えばこれと似たようなことです。

              ・ 気とは生命活動そのものなのです。それを現代人がイメージし易いような
               言葉を使うと 『物質と情報が一体となって作用する働き』 と表現される
               のではないかというのが私の案であります。


          [2] 生命活動と気


            ○ 循環する気

              ・ 第2章で「循環」と「リズム」が生命の営みの特徴であるとお話しました。
               そこでは漠然と、ある「うごき」がリズムを持って循環している
と表現し
               ましたが、この章での説明を踏まえて、ここで循環しているものを「気」と
               言い直すことができます。

              ・ 循環しているものは単なる物質ではなく、情報という機能を合わせ持った
               形でうごいているのです。1つのうごきが別のうごきに作用し、それが数珠
               つなぎになって、全体としてある意味を持っているという場合もあります。

              ・ さらに私は生命の持つ情報の意味に「秩序」という概念を含めて考えて
               います。
               生命活動は高い秩序を保って維持されています。もしその秩序を乱す
               ような情報が外部から侵入したら生命活動は混乱をきたします。
               それはちょうどコンピューターウイルスに感染してパソコンがおかしく
               なってしまうことに例えられるでしょう。

              ・ 東洋医学では人体にとって悪影響を及ぼす気を「邪気」と呼びます。
               邪気も基本的には同じ気ですが、その物質的性質が人体の構造に
               悪影響を与えるものか、あるいは人体の構造には変化を及ぼさなくても
               コンピューターウィルスのようにそれが持つ情報が生命活動の秩序を乱
               すような内容であると理解することができます。

              ・ 第二章で説明したように生命の循環は1つの個体の内部だけでなく
               空間的時間的な広がりの中でうごいていると考えられます。
               気はこのように自然界の中、つまりは宇宙全体に広がって大きな
               循環を形成しているのです。

            ○ 生命を前提とした気

              ・ 「気とは何か」という問いに誤解を招かないように正しく、かつ分かり易く
               答えるということは、「生命とは何か」という問いに答えることと同様に
               困難な課題です。

              ・ そこで私は定義というような理論的な表現ではなく、イメージとして
               捉えてみようと考えました。               
               それは気という変幻自在で膨大な内容を持つものを特定の言葉
               で限定すること自体に無理があるのではないかと思うからです。

              ・ 気をある言葉(あるいは数式だとか物理用語 等々)で限定しようと
               した途端、気はその枠をはみ出してしまいます。
               最初に言葉から出発すると何処まで進んでいっても捕まえきれない
               ものなのです。

              ・ 定義がどうで有れ、また科学的な証明がどうであれ気は厳然として
               存在しています。生命が何であるかが解明できなくても生命は存在し、
               証明する必要も無く私達は現に生きているからです。

              ・ 私はまず「生きている」という実感から出発しました。
               第二章でお話したように循環するうごきが生命の本質であるならば、
               その循環するものを気と捉えることができるだろうと視点を変えて
               発想したのです。

              ・ 循環するものは特定の物質やエネルギーの一種のように限定される
               ものではありませんが、生命活動の中では物質と情報が一体となって
               作用していることから、そのような働きが循環していると捉えることが
               できます。

              ・ この世界に生命が存在し、連綿と命の営みが引き継がれている事実
               を前提として、その生命活動を支えている気の本質を考えてみると、
               それは神秘的なものでも前近代的なものでも非科学的なものでもなく、
               気の存在とは当然のことなのです。

              ・ そして同時に気が人知で計り知れない奥行きと広さを持っていることは
               生命の偉大さ、深遠さと表裏一体を成すものであるからに他なりません。

          [3] 陰陽について


            ○ 思考法としての陰陽論

       
       ・ 陰陽という言葉は皆さんご存知だと思いますが、その意味するところは
               気の概念以上に曖昧でつかみ所が無いのではないでしょうか。

              ・ 日常会話でも「陽気」「陰気」とか使いますし、最近は「陰陽師」などという
               言葉がブームになったりしてます。様々な内容が錯綜しているので、この
               「陰陽」という言葉にもある種の先入観(表面的、類型的、宗教的 等々)
               を持っている方も多いでしょう。

   
           ・ そのため東洋医学で陰陽の理論を用いているとお話すると、不可解な方法
               であるかのように誤解される心配さえあります。
               まずは陰陽に対するそのような先入観を払拭し、純粋に物事を分析する
               論理的思考法の1つであるということを知っていただきたいと思います。

              ・ 陰陽についてお話することは気と同様に実は一筋縄ではいかないのです。
               簡単に説明してしまえばあっけないくらい単純なことです。しかしその奥
               にある思想的なことまで説明しようとすると、あまりに膨大な内容になって
               しまいます。


              ・ ここでは今日の東洋医学における理論に限定し、さらにその中で本章の
               テーマである気の循環に関係する部分だけを紹介させてもらいます。

            ○ 東洋医学と陰陽

              ・ 東洋医学では人体の構造や機能、病気の症状や性質などあらゆる面で
               陰陽の理論を応用して考えます。

              ・ 一言で簡単に説明すれば「相対する1対の概念について、その相対的
               バランスや、バランスが変化する様子に着目して理解する」ということです。
               例えば、「熱」と「寒」、「速」と「遅」、「上」と「下」、「表」と「裏」など様々な
               事象についてペアにして捉え、2者を相対的に比較して考えます。

              ・ 具体的な例として、診察の結果「脈が速い、舌の色が紅い、尿が濃い、
               大便が乾燥している」などの特徴が診られれば「熱証」、一方「脈が遅い、
               舌の色が淡い、尿が薄い、大便が水っぽい」であれば「寒証」と判断
               することができるのです。
               速-遅、紅-淡、濃-薄、乾燥-湿潤、という対立概念が総合されて熱-寒
               というこれも対立する結論に導かれます。

              ・ 東洋医学の基本となる陰陽理論は自然哲学から導かれた合理的な弁証法
               の1つであり、人体の生理、病理について解明し、臨床における診察、治療
               の指針を与える考え方なのです


            ○ 陰陽の法則

           
   ・ 陰陽理論では「宇宙の全ての事象は陰と陽の二面を含み、陰と陽が
               相互に対立し依存し合う関係が世界の基本法則であり、事物が発生し
               消滅する原因である」と考えます。


              ・ 陰陽理論の中心である「対立と依存」、「消長と転化」について極簡単に
               紹介します。

              ・ 「対立と依存」
               陰と陽は互いに矛盾する性質の象徴でありますが、それだけでなく同一
               の事象に内在する矛盾点の代表でもあります。
               陰の内部にも陽が存在し、また陽の内部にも陰が存在します。
               一つの例として人間を陰は女性、陽は男性として、女性の中にも男性的
               な面が内在しており、男性の中にも女性的な面が含まれています。

               陰と陽は互いに対立するものであるが、互いに相手の存在によって自己
               の存在が規定される。対立すると同時に依存し合う関係なのです。

              ・ 「消長と転化」
               陰と陽の相対的関係は固定しているのではなく、絶えず変動しています。
               例えば振り子が左右に振れるように陰と陽のバランスも両者の間で増減
               を繰り返しています。陽が旺盛になれば相対的に陰は衰退し、逆に陰が
               旺盛になれば相対的に陽は衰退します。このような変動を消長と呼びます。
               陰と陽のバランスがとれている状態であっても固定して一定の状態にある
               のではなく、変動しながら平衡状態を保っているということなのです。

               またこの消長の過程で、陰陽のバランスが極限まで偏ってしまうと一挙に
               反対側へ変化する場合があります。陰が極限まで高まると陽に変化し、
               陽が最高度に達すると陰へ変化することがあるのです。
               例えば発熱が続き改善しないまま高熱を発し、その後一転して体が冷える
               場合があります。これは症状が軽快したのではなく、病状が極限に達した
               危険な状態と判断されます。
               このような変化のことを転化と呼んでいます。

          [4] 気の循環と陰陽

            ○ 陰陽のリズム

              ・ 陰陽の法則について説明したのは気の循環におけるリズムについて理解
               してもらうためです。
               陰陽の法則の中でも特に「陰陽の消長」が深く関係します。

              ・ 1日を例に取ると、日が昇ると共に陽が増し、正午に最高に達してから減少
               して、日没からは陰が盛んになり、零時を頂点として明け方にかけて減少し、
               そして日の出からまた陽に移るという変化を繰り返しています。

              ・ このように陰陽の消長にはある周期、つまりリズムが存在するのです。
               月の満ち欠けも、四季の移ろいも、あるいは人のバイオリズムも陰陽
               が消長するリズムであると考えることができます。

              ・ 第二章でお話した生命の本質である循環とリズムについて、循環するうごき
               にリズムがある理由はこの陰陽の法則に従っているからなのです。

              ・ 1つの生命全体としてもまた、臓器や筋肉や細胞から分子のレベルまで、
               それぞれの場で陰陽のバランスが存在し、それが消長の法則に従って
               リズムを生み出しているのです。

              ・ さらにそのリズムが自然界の陰陽のリズムと協調して広大なハーモニーを
               奏でています。

              ・ 第二章からここまでお話してきたことをまとめると
                * 生命の本質は循環とリズムを形成する「うごき」である。
                * 循環するものが気で、それが陰陽の法則に従ってリズムを生み出している。
                * 気とは物質と情報が一体となって作用する働きであると考えることができる。

          [ 提言 ]

            ○ 気一元論

              ・ この章でお話したことは本来東洋医学のエッセンスに関わる部分であり
               また非常に難解な内容でもあります。

              ・ 気に対する皆さんなりのイメージを持っていただくことができたでしょうか。
               今すぐではなくても、生命とか気ということについて考えてみるきっかけに
               でもなれば幸いです。

              ・ 繰り返しお断りしたように、お話した生命観、気の解釈はあくまで私の
               個人的な考えですから1つの参考として捉えていただければ結構です。

              ・ 古代の人々は説明されなくても気の存在を実感し確信できたのだろうと
               思います。生活の中で当然のこととして受けとめていたのでしょう。
               気は自然界の森羅万象を観察するなかで、自然現象の根源にあるもの
               として捉えられていたのでしょう。

              ・ それが今日の私達にとっては難しいことであるのはどうしてでしょうか。

              ・ 1つには自然と接する機会が減っていることが影響しているでしょう。
               自然の中で気を感じ、自分を自然の一部と実感できる経験は少なく
               なってしまいました。他にも科学万能主義や物質と情報が氾濫する
               生活、多忙なストレス社会など思い当たることは多々あります。

              ・ それらの要因の他に別の角度から指摘したいのは、私達の気に対する
               認識のバラツキです。

              ・ 言葉は生き物です。日常生活の中で使われる気という概念は時代と
               共に様々に変化し、枝分かれや類似品など多種多様な内容が混在
               する状態になってしまいました。長い歴史ならば仕方のないことです
               が、それが一層気の理解を困難にしていると思います。

              ・ 神秘主義や超常現象から超能力や特殊エネルギー説などなど・・・、
               個々の是非は別にしてもこれらのことが一様に「気」という言葉を使って
               表現されると一般の方が混乱するのはもっともなことです。

              ・ 私はここでもう一度生命の原点に立ち返って気を見つめ直すことが
               大切だと考えます。

              ・ 人の健康について考える時、気は生命と一体のものであって、生命の
               営みそのものを表現していると言えます。

              ・ 素晴らしいことにこの世界には生命が存在しています。
               人間の理解を云々する以前に、私達自身が1つの生命として
               今をまさに生きています。
               気は生命の存在と一になって驚異であり、また自明の理であります。
               生命に対する畏怖の念と等しく、真摯に気と向き合うことで新たな医療
               の姿が見えてくるのではないか、と私は提言したいと思います。

              ・ 私は以上のような信条に基づき、気を全ての根本に据えて生命と
               健康を考える「気一元論」の立場に立つ者です。
               まだ入り口に差し掛かったばかりですが、気力と体力の続く限り
               この深遠な道をぼちぼちと歩んで行きたいと願っております。






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